ボトルを拭いていたらいつのまにか朝だった

場所は渋谷、真上にはマークシティ、見上げるとセルリアンタワー。摩天楼のすき間にできたこのイグピーのバーカウンターで、細身の男が白シャツに蝶ネクタイで酒のボトルを布で磨いている。
彼の名前は斉藤。愛称はマモ。彼はその愛称のとおり、日夜この店のカウンターをマモっているキレイ好きだ。休み明けの出勤時には、ボトルの指紋を見ただけで昨日誰がカクテルを作っていたかわかるほどだという。渋谷署の鑑識も脱帽だ。

この鉄板くらいかな、
俺くらい熱いのは

一見クールにみえる斉藤だが、彼の話を聞いていくと意外にも情熱を内に秘めたる男だということがわかる。磨いていた皿を手元に置いて語る。「前の職場に憧れの人がいたんですよ。とにかく熱い人だった。社会に出て必要なことは、なんでもあの人から学べたんだ。俺もあの人くらい熱くなりたい」そういって彼は鉄板の上からスタッフの焼いたステーキを渡してきた。皿が尋常ではない熱さだ。持っているのもつらい。「ね、熱いでしょ?」ニヒルな笑いを浮かべる斉藤。鉄板の上に皿を置いたままにしてたんだからそりゃ熱いだろうとは思ったがここは一つ黙っておくことにした。

カクテルは、 人に似ている。
同じものは2つとない

バーカウンターに移った斉藤は、おもむろにボトルを手にした。「不思議ですよね。リキュールや割り材をまぜるだけで、別の旨いカクテルが出来上がるなんて・・・」感慨深げにカウンターを見渡し、シェイカーを手にとる斉藤。「同じレシピでも、一つとして同じカクテルなんてないんです。作り手は勿論、飲むときの感情一つで味わいが変わることだってある。そんな奥の深さをこれからもずっと追いかけていきたいですね」磨いたシェイカーを棚に戻す。感心する話だが、注文したカクテルは一体いつになったら出てくるのだろうか。

ブラジルでドライブできたら本望

イグピーに数多く取り揃えられた世界のビールの中から、斉藤は旨そうに冷えたハイネケンを取り出した。「緑色が好きでね」プライベートの斉藤は、サッカーとドライブが好きな爽やかな好青年だ。そして好きなカラーは緑。実に爽やかだ。「休みの日はしょっちゅう吉祥寺にいますね。なによりも落ち着く場所なんです」休みを過ごす場所までスタイリッシュそのもの。吉祥寺は旨い店が多いのも好きな理由だという。「ただね、いつも気になっちゃうんだけど」と前置きをして斉藤は言う。「よその店でも酒のボトルを見るとつい磨きたくなってしまうんだよね」ぴかぴかに磨かれたハイネケンの瓶をもとに戻すと、じゃあそろそろ、と斉藤はキッチンに戻っていった。次に来るときは、何かを磨いているだけじゃない斉藤の姿を見ることができるだろうか。